昔から、うっすら不安な気持ちになる小説が好きだった。読み終わったあと見知らぬ場所に放り出されて途方に暮れるような、なんだか落ち着かない、居心地の悪い気分にさせられるような、そんな小説。(編訳者あとがきp.181)
編訳者あとがきにあるような話を集めた奇想短編集。
奇想短編というと、アイデア偏重で物語自体はそれほど・・・という印象があったが、この短編集に収録されている話は物語としてもおもしろいものが多く、かなり満足だった。
個人的におもしろかった話を抜粋して紹介したい。ネタバレを含むので、これから本書を読もうと思っておりかつネタバレを気にする人は、以降は読まないようにしてください。
「オリエンテーション」ダニエル・オロズコ
あちらに並んでいるのが個室で、こちら側がブースです。あそこが私のブースで、あなたのはここ。(p.70)
というような、初めての職場でのよくあるオリエンテーションのような語り手の説明で始まるのだが、その説明がやたらと詳細で長々と続く(受付嬢は派遣社員でどうせすぐやめていくのであまり仲良くしすぎないように、なんて忠告がいるか?)なと思ったら、その内誰が誰を好きだのという立ち入ったプライベートの話にまでおよび、なんだかおかしい感じになってきて、とうとうあの職員は殺人鬼だとか、あの職員と話すと呪われるので決して口をきかないように、などと言われて異界に迷い込んだような気分がしてくる。すると唐突に、隣のビルのガラスに自分の姿が映っていると語り手に言われる。
向かいのビルのガラスに、こちらのビルが映っているでしょう。ほら、あそこであなたが手を振っている。(p.81)
手なんて振っていない。意味不明な話を読んで渋面をしているはずだ。
オリエンテーション風の語り口によって、【物語上の「あなた」=読み手の私自身】を意識させておいて、最後に「あなたは手を振っている」という話をすることで、【物語上の「あなた」≠読み手の私自身】であったことを思い出させ、狐につままれたような感覚を味わわせる、鮮やかな仕組みになっている(と思った)。
「喜びと哀愁の野球トリビア・クイズ」ケン・カルファス
<連続してストライクゾーンをはずした最多記録をもつ投手は誰?>(p.158)
というような問いかけに対する答えの形で、何篇かの話が書かれている(答えは架空)。
トリビア・クイズの答えなのだが、「へぇ~」で終わるような単なる情報の紹介にとどまらず、登場人物の心境を詳細に描いており、野球クイズという切り口からこんなにいろんな話が描けるなんて、と感動した。
本短編の最後のクイズである<一打席でもっとも多くのファウルを打った打者は?>が好きだ。ファウルを繰り返す中で人生が圧縮されて時間から切り離されていくような描写を読んでほしい。この話は居心地が悪いどころか、さわやかな気さえしてくる。
この短編自体が本書の最後に置かれているので、気持ちよく本を読み終わることができたのもよかった。