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『辺境で』伊図透


短編集だが同じ登場人物が出てくる話もあり、連作短編のような形になっている。

収録されている話は、美大生の話、小学校の優等生の女の子が不良の男子と高オニをして遊ぶ話、ソ連で鉄道を敷く話など様々で楽しめた。

 

 

「レールの上を歩むこと」と「そこから逸脱すること」

だが話のバリエーションと裏腹に、テーマ性ははっきりしているように思った。

一部そうでない話もあったが、基本的には「レールの上を歩むこと」と「そこから逸脱すること」が対照的に描かれていた。

例えば、美大生の話であれば、周囲のデザイン科の生徒と違い、主人公は慣れない鉄を使って彫刻作品を作っており、周囲から白い眼で見られている。

鉄道を敷く話では、過酷な労働を前にしても帰る場所がなく従事せざるを得ない他の労働者と違い、主人公は使命感を持った人物として描かれている。この話では、大勢にあらがわず、決められた人生を歩んでいくことが、レールで象徴的にあらわされているように思う。

この対比構造が、個々の作品をドラマチックなものにしていると思った。

逸脱することはよいことか

また、作品において、逸脱することは必ずしも好ましいものとしては描かれていないことも印象的だった。

小学生が高オニをする話では、ひとときの逃避行としてかなりきらびやかに描かれている。

一方で美大生の話では、主人公の作品はみなに評価されるわけではない。教員は情熱には同意する一方で、「的外れ」「こんなの評価できない」と言う。

鉄道の話に至ってはどういう結末を迎えるか読んでほしい。

まとめ

総じて、「逸脱」は情熱的できらびやかなものであるが、最終的には「レール」という大きなものに回収されていくことを予感させるような、どこか閉塞的な印象を受けた。

だが、回収され、無駄に終わるからこそ、逸脱することは尊いのだというメッセージも込められているように思った。花は散り際が美しいというように、人が何者かになろうとする情熱は無駄に終わったとしても美しいのであって、それをいつくしむ感傷的な視線が作品を覆っている気がした。

その他

絵は、線が太くコントラストのはっきりしたいわゆるマンガ的な絵ではなく、ハッチングが多用され、グラデーションも細かめにつけられており、温かみを感じる絵だった。

人物の顔の描き方は、似たような作家がいた気がするが思い出せなかったので、誰か教えてほしい。