弐瓶勉を読む ~アバラのよみかた~

 

「アバラ」は、弐瓶勉の2作目の長編で、全2巻からなるSFバトルマンガであり、チェンソーマンの作者である藤本タツキが「チェンソーマンは「ポップなアバラ」を目指して描いている」と述べたことで興味を持った方も多いかと思う。 

「チェンソーマン」300万部突破、藤本タツキからのコメント&イラストも(コメントあり) - コミックナタリー

 

だが、初めてアバラを読んだ方は、その読みにくさに戸惑いを覚えるのではないか。実際、私もそうだった。場面が飛びまくって話の流れがどうなっているのかわからないし、同じようなデザインの化け物が理由も明かされないまま戦っていてどっちがどっちかもわからず、最後は見開きの抽象画で説明もなしに終わってしまう。多くの方は、「なんだかよくわからないマンガだな」と思って、本棚に戻してそれっきりだろう。

 

しかし、それはあまりにも惜しい。アバラはその読みにくさの後ろに、奥深いストーリーや、挑戦的なマンガ表現や、芸術的なカットや、そして何よりすばらしいデザインが詰め込まれた、色々な楽しみ方ができるマンガだからだ。

 

そこで、今回は、少しでも多くの方がアバラを楽しんでもらえるようになることを目標に、読みにくさからアバラに挫折してしまった方に向けて、アバラがむずかしく感じる理由を丁寧に解説し、どうすればアバラが読めるようになるのか説明したい。

 

 なぜアバラはむずかしいのか?

 

細かな話に入る前に、まずアバラのむずかしさの根っこにある理由について述べたい。アバラがとっつきにくく思われるのには、ストーリや絵柄などでふつうのマンガでは採用されないような方法がとられているからなのだが、それらは「リアルさ」を追求するためにあえてそのような方法がとられている。

 

ストーリーを例にすると、例えば少年マンガでは、物語の序盤で、その世界への門外漢・初心者である登場人物が登場し、その初心者に対して作中の先生や先輩のような人物が、「やれやれそんなこともしらないのか」とあきれながら説明をすることで、読者に対しても間接的に作品世界の設定を紹介するような方法がとられている場合が多いと思う。あるいは、モノローグで直接的に説明がなされる場合もあるだろう。

 

一方で、アバラではこういった導入がほとんどない。登場人物が専門用語だらけのわけのわからない話をしたかと思ったらもうすぐに化け物バトルが始まってしまう。なぜこのような不親切な方法がとられているかであるが、それはアバラが写実的な、リアルな作品を志向しているからだと思われる。モノローグによる説明は現実にはなされないものだ。世界は私たちを中心には回っているわけではなく、そこで生じる事象や私たちがなすべきことについて、誰かがいちいち説明を与えてくれるわけではない。アバラでは、現実と同様に、このような読者への解説がほとんど排されている。

 

アバラの写実性・リアルさへの志向は絵柄にも表れている。アバラでは、前作のBLAME!以上にクロスハッチングによるグラデーションを付けた陰影描写が多用されており、より写実的な表現となっている。また、登場人物のデザインも、アニメや少年漫画によくある髪型や髪の毛の色、目の描き方等による記号的な描き分けはほとんどなされておらず、大体の登場人物が似たような目の形、黒色の髪の毛をしている。

 

このように、アバラはリアルさを追求して、通常のマンガが行うような方法を採用していないため、そこがアバラが読みにくい理由の1つだと考える。弐瓶勉はアバラで、現実と同じような自律した世界を作り、それをカメラでのぞき込むようにマンガを描こうとしたのだと思う。アバラは現実と同じように自律して回っている世界であるため、私たちに何の説明もしないし、私たちにとってのわかりづらさなど考慮されていないのである。しかしそのおかげで、私たちはアバラを読むとき、水槽の中につくられたビオトープをガラス越しに眺めているかのように、そこに確かに別の世界があることをリアルに感じられるのである。

 

 アバラを楽しむにはどうすればよいのか

 

とはいえ、いくらアバラがリアルに描かれているとしても、それが私たちにとってわけがわからないのであれば、宇宙人が作ったモニュメントを眺めているのと同じで、そこから共感や感動を得ることはできないだろう。アバラを真に楽しむためには、やはりアバラの世界を理解する必要がある。そのためにはどうすればよいのか。

 

当たり前の結論になってしまうのだが、アバラの方から説明がなされないのであれば、私たちの方からアバラの世界のルールを理解するしかない。備えをしないと楽しめないというのは、ことマンガにおいては異様に思われるかもしれないが、野球などのスポーツ観戦もルールを知らなければ楽しむことができない点では同じである。アバラもそういったものの1つだと思って、その奥にある豊饒さを楽しむため、まずは本文章を読み通すだけの少しの苦労を我慢してほしい。

 

さて、それではアバラを楽しむために理解しなければならない点は何か。それは、(1)ストーリー、(2)登場人物、(3)カメラ表現の3つであると考える。

 

(1)ストーリー

まずストーリーであるが、ちんぷんかんぷんである。これを初めて読んで理解できる人がいるのだろうか。では、どうやってストーリーを理解すればよいかであるが、私は解説を読むことをおすすめしたい。ストーリーを楽しむために解説を読むというのは逆説的なのだが、解説を読むことをおすすめする理由は、アバラではストーリーを理解するための手がかりが散らばり過ぎており、解説を読まずに流れを理解するのは困難なのではないかと考えるからである。でたらめに提示される数字をみせられてそれらが何を意味するのかわからなくても、先に関数を教えてもらえれば、後から提示される数字がそのグラフ上のどの位置にあるか理解できるのと同じで、アバラのストーリーも解説を読んでおおまかな流れを理解しておいた方が、作品にちりばめられたヒントの意味を理解でき、最終的には楽しむことができるのではないかと考える。もちろん、ちりばめられたヒントからストーリーを読み解くことこそが面白いのだという意見もあると思うので、まず一度は何も見ずアバラのストーリーに挑戦してもらい、もしわからない場合には解説を読むことを検討していただきたい。その際の手助けになるよう、私の作った解説をこの文章の最後に載せておく。

 

(2)登場人物

2つ目の登場人物であるが、これは上述のとおりマンガ的なキャラクターの描き分けがそこまでされていないため、キャラクターを混同し、今映っているのが誰かわからないということが生じうる。これに対処するためには、もうキャラクターを暗記するしかない。なぜマンガを読むために暗記しなければならないのかと思われるかもしれないが、ドストエフスキーを楽しむためにもロシア語のややこしい名前をたくさん覚えなければならないので、それと比べるとましだと思っていただければと思う。とはいえ、登場人物は多くないし、少年マンガほどわかりやすくはなくても一応描き分けはされてはいるので、暗記という言葉から感じるほどの苦労はしないと思う。少しでも手助けになるよう、以下にいくつかの混同しやすいキャラクターを記載する。

 

まず、奇居子の敵・味方の見分け方である。黒奇居子が味方、白奇居子が敵なのであるが、似通ったデザインのものが登場するため、どっちがどっちか非常にわかりづらい。これを区別するためには、「トーンが貼られているかどうか」に着目してほしい。トーンが貼られていれば味方(黒奇居子)、貼られていなければ敵(白奇居子)である。

 

次に、味方の黒奇居子間の見分け方である。作中には黒奇居子が2体(電次と那由多)登場するが、どちらもデザインが似通っているためこちらも区別がつきづらい。見分け方は、「頭にちょんまげのような鎖状の飾りがついているかどうか」である。ちょんまげがなければ電次、ちょんまげがあれば那由多である。

 

最後に、亜由多と那由多の見分けかたである。彼女たちは検眼寮によって白奇居子に対抗するために実験を施された姉妹であるが、どちらも白髪で名前まで似ているのでこちらもややこしい。亜由多がショートカットで車いすにのっている方、那由多がロングヘアで黒奇居子に変身する方である。

 

そのほかの登場人物は比較的区別しやすいのではないかと思う。なお、検限寮のトップは化け物じみた顔をしているがふつうの人間である。

 

(3)カメラ表現

最後に、3点目のカメラ表現である。アバラでは、奇居子の高速戦闘を表すために前衛的なカメラ表現が用いられており、それがかなりの混乱を招く要因になっていると思うのでここで説明したい。

 

まず、設定として、奇居子は人の目で目視することができないような高速で動くことができる。そのスピード感を表現するために、ドラゴンボールの戦闘シーンのように目に留まらない動きを斜線で表現するのではなく、逆にスローモーション撮影のように高速で動く奇居子以外の物体や登場人物の動きを止めることで、奇居子の超高速が表現されている。ジョジョの奇妙な冒険で、ザ・ワールドによって時間が止まった中での戦闘場面をイメージしてもらえればわかりやすいと思う。ジョジョの奇妙な冒険の場合は、ザ・ワールドがスタンド能力で時間を止めているが、アバラでは奇居子が超高速で動くため周りの世界が止まって見えている。具体的には、白奇居子に破壊された建物の破片が空中に巻き上げられた後、白奇居子と黒奇居子の戦闘が始まり、戦闘が終わった後の14ページ後にやっと破片が地面にぶつかる描写がなされていたりする。

 

ジョジョの場合は、時間が止まる前にディオが「ザ・ワールド!」と叫ぶので、読者側でも時間が止まったタイミングをつかむことができる。しかし、アバラではそういったきっかけなく突然にスローモーションに移行してしまうので、読者がスローモーションになったことに気付かず、読者が想定する時間の進み方と作中の時間の進み方がずれてしまうため、何が起こっているのかわからなくなってしまうのではないかと思う。

 

スローモーションに入ったことを見逃さないようにするには、まずは奇居子がコマ内に出てきているかどうかに注意する必要がある。奇居子こそが高速戦闘を行う主体なので、奇居子が登場するとスローモーションに移行している場合が多い。もう一つの手がかりは背景の描写である。スローモーション中は、先ほどの例のように破片や雨粒などが空中で静止しているように描かれているので、それらの表現からもスローモーションになっていることがわかる。また、スローモーション中は擬音が手描き文字ではなく写植になっているが(奇居子は音よりも早く動くので実際の音は聞こえないはずだから、それを表現するためと思われる)、この表現は序盤以外ではあまり用いられていない。

 

さらに、やっかいなのだが、奇居子が出ているからといって必ずしもスローモーションで描かれているわけではない。その場合、奇居子は一瞬表れては突然消えたように描かれるので、上と比べながらスローモーションに入っているかを確認する必要がある。

 

これらは説明されるといかにもややこしく感じるが、「奇居子は目にも止まらぬ速さで動くのだ」、「そのためにスローモーションの技法が使われている場合があるのだ」ということさえ知っていれば、わりかし自然に気付くことができ、そこまで混乱はしないと思う。

 

 アバラのストーリー解説

 

それでは、ここからは私なりにアバラのストーリーの解説をしたい。

 

まず、アバラの舞台は地球ではなく、船のようなものである[1]。そのアバラの世界は、遠い昔のあるとき別の世界とつながってしまい、その別の世界から化け物が侵入してくるようになる[2]。その化け物が白奇居子と呼ばれる敵である。白奇居子の侵入を防ぐ結界を張るため、恒差廟という巨大な塊が建造された。しかし、恒差廟の結界があっても、白奇居子の侵入を完全に防ぐことはできない。白奇居子は人間を依り代にしてその人間を白奇居子に変化させることで、結界内に侵入してくる(「示現体」と呼ばれる)。白奇居子は、通常の人の目には見えず、人を襲って食べ、成長して、最後には恒差廟を破壊する。恒差廟がすべて破壊されてしまうと、結界が解け、白奇居子が簡単に侵入できるようになってしまう。かつて恒差廟は何百機もあった[3]ようだが、作中の時点では二機しか残っていない[4]。この白奇居子からの防衛戦が作品の基本的な構図である。

 

白奇居子の示現体の出現はまれであり、また侵入しても成長せずに幼生の内に死んでしまうことがほとんどだが[5]、数百年に一度程度の周期で[6]、示現体が連鎖的に発生する時期がある[7]。作中より六百年以上昔は、第四紀連という企業がこの示現体の対策を行っていた。第四紀連は白奇居子を元に黒奇居子と呼ばれる兵器を開発し、白奇居子の撃退に成功していた。しかし、第四紀連も六百年前に示現体が発生したときに滅んでしまう。

 

ここまでが過去の話で、ここから作中の時点となる。第四紀連がなくなった後は、示現体の対策は検眼寮という大政官(今でいう内閣)[8]直轄の組織によって秘密裡に実施されてきた。検眼寮は、示現体の発生が連鎖する周期が近づいていることから、連鎖に備えるため、第四紀連から受け継いで保管してきた黒奇居子を新たに作成することを決意する。その黒奇居子の被験体に選ばれたのが主人公の電次と亜由多・那由多の姉妹である。彼らは幼いころから検眼寮の擁護施設でタドホミや他の職員によって育てられてきたが、その黒奇居子の実験を受けて、亜由多と那由多は重度のしょうがいを負い、電次のことがわからなくなってしまう。電次は一人無事であったが、自分たちを実験体にした検眼寮を憎み、黒奇居子に変身して職員を殺して脱走する。亜由多と那由多は検眼寮で生体兵器として管理されつづけることとなった。

 

電次の脱走後おそらく数年が経過したころ、示現体が発生してしまう。被害が出始めたにもかかわらず、白奇居子の幼生時の死亡を頼んで何らの対応も取らない検眼寮への反感から、タドホミは電次の居場所を突き止め、白奇居子の対処を依頼する。電次によって白奇居子は倒されたが、検眼寮はかつて脱走した黒奇居子である電次を連れ戻すため、那由他を派遣し電次を倒して検眼寮の施設に封じ込める。

 

その後も示現体の連鎖は続き、検眼寮は那由他を派遣して対処しようとするが被害を止めることができない。そんな状況に業を煮やしたタドホミは施設に封じ込められた電次を再び解放するが、妨害むなしく成長した白奇居子によって残っていた2つの恒差廟の内の1つが破壊されてしまう。

 

恒差廟の破壊によって結界が部分的に解けてしまい、大量の白奇居子が流れ込んでくる。電次と那由多が交戦して食い止めている間に、生き残っていた第四紀連の社員たちがタドホミと途中から行動を共にしてきた先島たちに残った最後の恒差廟に向かうように言う。実は恒差廟は脱出装置でもあったのだ。恒差廟の起動によってタドホミと先島は別の世界に脱出する。最後の恒差廟の消滅によって電次と那由他は結界の外に放り出され、無数の白奇居子の群れに対峙して作品が終わる。

 

以上が私なりのストーリーの解説である。解説とはいえ、作品を読むときの楽しさを損なわないよう、大事なポイントは伏せて記載した。上で記載した以外にも、作中には電次とタドホミ、タドホミと父親とのすれ違いや、那由多と亜由多の関係等、印象に残るドラマチックな場面が多々ある。上の解説を参考にぜひ自身でアバラを読んでみてほしい。

また、アバラはドラマチックなストーリー構成だけでなく、一枚絵のような外連味の効いたカットであったり、骸骨を想起させるダークでむちゃくちゃかっこいい黒奇居子のデザインなど見どころが満載されており、当時の弐瓶勉が本作に注いだ並々ならぬ意気込みがほとばしって感じられる最高のマンガなのだ。。ぜひこの文章を機に少しでも興味を持って触れていただければ幸いである。

 

ABARA 上 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

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新装版 ABARA (KCデラックス)

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  • 作者:弐瓶 勉
  • 発売日: 2015/08/21
  • メディア: コミック
 

 

[1] 新装版アバラ巻末作者コメント

[2] なお、新装版アバラ巻末作者コメントで、当時の記憶が曖昧であるため想像で補完しながらの考察として、「元々は恒差廟の発明が発端で別の世界とつながってしまった」とあるが、本考察はここでは採用しなかった。その理由として、①恒差廟が原因で別の世界とつながったとする場合、恒差廟がなくなれば当該別の世界とのつながりも断たれるのではないかと思うが、本編では逆に結界がなくなり白奇居子がなだれ込んでくる事態になっており、論理的に説明がつかないと思われるため、②結界をつくるためでないとしたら何のために最初の恒差廟が建造されたのか不明であるため、である。(ただし、想像で補完しながらとはいえ作者コメントに反するため、他の筋の通った考察を待ちたい。)

[3] 第10話

[4] 第11話の「胞子船は二隻しかなかった」という台詞から

[5] 第3話

[6] 第10話の「最後に白奇居子に恒差廟が破壊されて(中略)からもうすぐ六百年になる」という台詞からの推測

[7] 第4話の「連鎖ガ始マッテシマッタノカ」および第10話「周期説が正しければ(後略)」という台詞からの推測

[8] 「大政官」が日本の律令制や明治政府時代の内閣に当たる「太政官」に該当すると思われることからの推測