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『流れよわが涙、と警官は言った』フィリップ・K・ディック

 

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

 

 

先の展開が読めなくて、次はどうなるのだと思ってるうちにすぐ読み終えてしまった。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』や『ユービック』もそうだったが、ディックの小説はどんでん返しがあっておもしろい。

 

大量のガジェットが何の説明もなく描かれていて、ディックを読み慣れていないこともあってかなり混乱した。タバコが高価な支給品になっていたり(マリファナの方が日常的になっている)、車が空を飛んでいたりした。また、主人公は遺伝的に改良を加えられた「スィックス」という存在なのだが、結局「スィックス」が何なのかについては最後までちゃんとした説明がなかったように思う。

 

非現実的なガジェットに対して、登場人物はルースやバックマンなど人間味があり現実にもいそうな人が出てきて、そこがまたおもしろかった。

 

特に、ルースとタヴァナーの、愛に関する議論が興味深かった(p.191-203)。

タヴァナーは、愛とは必ず失われるものであり、失われた後には悲しみに苦しめられることになる、したがって、苦しみを避けるためには愛さない方がよいと言う。

一方でルースは、愛はすばらしい感情だと主張する。愛とは自己犠牲的に他人を思うことで、自己保存を超えるものであるからだという。また、愛とは必ず失われるものであるが、それによって生じる悲しみも同様に素晴らしい感情であると主張する。悲しみは、失われた対象と自己とを再度結びつけるものであるからだという。

 

個人的には、ルースの愛を擁護する意見は論理的に意味不明だと思った。タヴァナーの意見の方が論理的だが、しかし、そのように貫徹できないのが人間だとも思った。

ルースの意見が論理的に意味不明なのは、ルースが論理的整合性に欠けるからではなく、そもそも失われることがわかっていながらも愛さずにはいられないという人間の性質自体が非論理的だからだと思った。

 

近未来であっても、人間の愛に関する非論理的な性質は現代と変わらず、それがガジェットまみれの世界の中で浮き彫りにされていて、おもしろかった。

 

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

 

 

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

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