『ローカルワンダーランド』福島聡

福島聡の新しい短編集が(2冊同時に)出た!

 

 

あらすじ

SF風味のいろんな話が入った短編集。SFっぽいことぐらいしかそれぞれの短編に共通項がなくて、全然説明できない。すごい。

 

 

福島聡

福島聡は本当に不思議なマンガ家だと思っていて、この人のような作品を描く人をほかに思いつかないんだけど、でも何が他と違うんだと言われると全然うまく説明できない。本当に不思議だ。

 

無理やり福島聡のマンガの特徴をあげるとすると以下のような点があると思う。

 

・人物の外見描写は写実的だが、内面描写はキャラクター的であること

絵は写実的ですごくうまい(女の子もかわいい)一方で、内面描写についてはすごくマンガ的で極端に単純化したキャラクターを描くことが多いように思う(『星屑ニーナ』のニーナなんかがわかりやすくそうで、目の前の楽しいことだけ考えているようなキャラ造形がなされている)。

その外見と内面の描写レベルのギャップがものすごい違和感を生み出してて、登場人物が大体壊れて見える。

作者自身も壊れたキャラクターを描くのが好きなのか得意なのか、作品中によく登場させているように思う。あとは、大人程内面が複雑化していないため、子どもを描くのなんかも得意にしている気がする(『少年少女』という傑作の連作短編がある)。

もし福島聡の絵柄が、手塚治虫みたいな記号的なものであれば、全然なにも感じなかったんじゃないかって思う。

 

・メタ的な話の展開がよく行われること

今までの話は実は幻覚でしたとか、そういうお約束を破る話の展開がよくなされる。特に長編でその傾向が顕著で、確か今まで出てる長編作品のほとんどにその要素が入っているはずだ(『デイドリームビリーバー』と『機動旅団八福神』)。

マンガでP.K.ディックのような現実崩壊感を味わえるので、ディックが好きな人は気に入ると思う。

 

・短いまとまりでの話の展開がうまい一方で、作品全体としてみるとプロットが崩壊気味であること

一つ上の特徴とも関係するが、短い話を描くのはうまくて、ネタの発想も奇想天外だしオチに印象的な絵ももって来たりして、ほんとうにすごい。

一方で長編になると、一つ一つの短編をつなげていくような形で長編を発想していくのか、全体としてみると意味不明な仕上がりになっていることが多い。

短編が長編から独立して存在感を持ってしまっていて、話の本筋とあまり関係ない小話が異常におもしろかったりする(『星屑ニーナ』の4巻のハナミズキの女の子の話がとても好きだ)。

 

 

感想

本当に全部の話の趣向がばらばらで、全然飽きずに読めた。どの話も別の楽しみ方ができる。とにかくおもしろかった。

 

共通項をあげるとすれば、キャラクターっぽさと人間らしさの対比を話づくりの中心においてる作品が多かったように思う。

 

例えば1巻の方に収録されている『3030年東京オリンピック』なんかがそうで、ロボットっぽい女の子が人間らしさを見せるのだが、この話は本当に最高だ。最高最高最高。

 

あとは2巻の方に収録されてる『ストレート・アヘッド』や『もしも○○が××だったら』なんかは、キャラクターっぽい描かれ方をしている登場人物と、比較的深めの内面描写がなされていて人間っぽい登場人物が対比的に描かれている。

 

結論として、福島聡の描くマンガは他の作家で得られない唯一無二の感覚を与えてくれるので、今後も元気にマンガを描いてほしい(ちなみに『少年少女』がいちばんおすすめ)。

 

『スローターハウス5』ジョージ・ロイ・ヒル(原作:カート・ヴォネガット)

カード・ヴォネガット原作の小説の映画版。

前から見たいと思っていたがDVDで安いのが出ていたので買って見た(パッケージの背表紙部分に「続・死ぬまでにこれは観ろ!」と書いてあってダサい)。

 

 

あらすじ

宇宙人にさらわれて時間の流れから解き放たれた主人公の一生が、過去の二次大戦でのドレスデン空爆の経験を中心に、ばらばらの時間軸で語られていく話。

 

感想

結論としては死ぬまでに見なくてもいいなと思った。

とはいってもおもしろくなかったわけではなくて、ふつうにおもしろいのだが、やっぱり小説が好きなので、なかなかどうも小説との違いばかり目についてしまって、うまく作品に入っていけなかった。

あとは、昔の映画のためSF的な表現がチープで、そこでもうまく入り込めなかった。

 

では小説の方を死ぬまでに読めばいいのかと言われると難しい。好きな人は好きな作品だと思うが、多くの人はそうではないと思うからだ。

 

悲しみは時間が可逆的に流れるからこそ生じるものだと思っているが、本作の主人公は、宇宙人にさらわれたことによって可逆的な時間の流れから解き放たれてしまっていて、そのためにあらゆる悲しい出来事に対して普通の人間のように悲しむことができなくなってしまっている(例えば、原作では、人が死ぬ場面が描かれるたびに、「そういうものだ」という文が挟まれる)。

人として生きることをやめて人生を眺めているような深い諦念が本作には漂っていて、そういうのが好きな人にはかけがえのない作品になると思う。

 

原作と映画の比較

本作を映画で見るデメリットは、小説の文体の妙を楽しむことができないところだ。小説では、上で書いたような「そういうものだ」や、「聞きたまえ、ビリーピルグリムは時間のなかに解き放たれた」など、印象的な文章がいっぱい出てきて、それらを味わうことができないのは残念だ。

 

逆によかったところは、音楽が美しかったところだ。ところどころ挿入されるグレン・グールドのピアノが場面にもあっててよかった。

 

あと、映画と小説で違うなと思って印象的だったのは、映画ではドレスデンでドイツの少年兵に焦点を当てて描かれていたところだ。

少年兵が女の子の前でかっこつける様子と、空爆の後の変わり果てたドレスデンの風景に絶望して走って行ってしまう様子との対比で、空爆の悲惨さがよりわかりやすく表現されていた。

 

でもなんだかんだ言って、好きな作品をビジュアルで補完できたので、そういう意味で見てよかった。スローターハウスの汚さや、空爆後のドレスデンの悲惨さは印象に残るものだった。

『マスタード・チョコレート』冬川智子

コミュ症が成長して他人と関わるようになってく話は泣ける。

 

マスタード・チョコレート

マスタード・チョコレート

 

 

あらすじ

他人と関わることが苦手で早く美大に行きたいと思っている女子高生の主人公が、予備校の友人や教師との交流を通じて少しずつ変わっていく話。

 

感想

以前読んだ同じ作者の『あんずのど飴』がおもしろかったので買ったが、負けず劣らずおもしろかった。『あんずのど飴』の方は友人との心の距離が離れていく過程を描いた作品で、読後感が少しやるせなかったが、本作は他人との距離が近づいていく話でハッピーよりなのでより万人受けしそうだ。

 

脱コミュ症を扱った作品ですぐ思い浮かぶのは『オナニーマスター黒沢』だが、本作は『オナマス』と比較すると構造上の違いがあった。

『オナマス』の方は脱コミュ症の瞬間を、自身の今までの行為を告白するという目に見える形で描写しており、わかりやすくカタルシスが得られた。

一方、本作では、脱コミュ症は『オナマス』でのような瞬間的な変化としては描かれていない。共通の趣味を持った友人との会話や、教師のやさしさに触れる経験を経て、本当に少しずつ変わっていく。

実際の人の変化は緩慢で目に見えないことの方が多いと思うので、そういう意味では『オナマス』よりも現実にありそうな描かれ方がされている。(ちなみに私は思い出補正もあり『オナマス』の方が好きだ。)

 

作品の終盤で、主人公が受験生だったころを振り返って、自分がいかに変わったかを思うシーンがあって、そこが本当に好きだ。

 

2作品読んで、冬川智子は他人との距離感を描くのがすごくうまいと思った。これからも読みたい。

 

meganeza.hatenablog.com

『インターステラー』クリストファー・ノーラン

今更インターステラーを見た。そして気持ち悪い声を出してぼろぼろ泣いてしまった。 とにかく自分の琴線にふれまくる作品だった。

インターステラー [Blu-ray]

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ストーリーは、娘を持つ父親(主人公)が、滅びつつある地球とそこに住む人類を救うために、移住可能な星を探しに娘を残して外宇宙へ探査に行くというものだ。

 

以下ネタバレあり

 

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『あんずのど飴』冬川智子

仲の良かった友だち同士が、いつの間にか疎遠になっていくのは寂しいことだ。

 

あんずのど飴 (IKKI COMIX)

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高校に入ってすぐに親友同士だった二人が、恋愛とかなんだかんだを通してだんだん疎遠になっていく様子が描かれている。

 

本当にそれだけの話なのだが、だんだん心が通い合わなくなっていく様子がモノローグ等を使って丁寧に描かれており、心が乱されてしまう。

基本的には主人公の態度には変化はなく、友人側が変わっていってしまう。だんだんと自分から離れていく友人を見ている主人公の視線が悲しい。

 

絵柄は記号っぽく特徴的だ。コマ割りは全編通して1ページに縦長のコマ4つという形式がとられており、こちらもほかのマンガと比べると少々変わっている。

 

特徴的な絵柄等に対して話の題材はごくありふれたものであり、でもそれがおもしろいという不思議なマンガだった。

『辺境で』伊図透


短編集だが同じ登場人物が出てくる話もあり、連作短編のような形になっている。

収録されている話は、美大生の話、小学校の優等生の女の子が不良の男子と高オニをして遊ぶ話、ソ連で鉄道を敷く話など様々で楽しめた。

 

 

「レールの上を歩むこと」と「そこから逸脱すること」

だが話のバリエーションと裏腹に、テーマ性ははっきりしているように思った。

一部そうでない話もあったが、基本的には「レールの上を歩むこと」と「そこから逸脱すること」が対照的に描かれていた。

例えば、美大生の話であれば、周囲のデザイン科の生徒と違い、主人公は慣れない鉄を使って彫刻作品を作っており、周囲から白い眼で見られている。

鉄道を敷く話では、過酷な労働を前にしても帰る場所がなく従事せざるを得ない他の労働者と違い、主人公は使命感を持った人物として描かれている。この話では、大勢にあらがわず、決められた人生を歩んでいくことが、レールで象徴的にあらわされているように思う。

この対比構造が、個々の作品をドラマチックなものにしていると思った。

逸脱することはよいことか

また、作品において、逸脱することは必ずしも好ましいものとしては描かれていないことも印象的だった。

小学生が高オニをする話では、ひとときの逃避行としてかなりきらびやかに描かれている。

一方で美大生の話では、主人公の作品はみなに評価されるわけではない。教員は情熱には同意する一方で、「的外れ」「こんなの評価できない」と言う。

鉄道の話に至ってはどういう結末を迎えるか読んでほしい。

まとめ

総じて、「逸脱」は情熱的できらびやかなものであるが、最終的には「レール」という大きなものに回収されていくことを予感させるような、どこか閉塞的な印象を受けた。

だが、回収され、無駄に終わるからこそ、逸脱することは尊いのだというメッセージも込められているように思った。花は散り際が美しいというように、人が何者かになろうとする情熱は無駄に終わったとしても美しいのであって、それをいつくしむ感傷的な視線が作品を覆っている気がした。

その他

絵は、線が太くコントラストのはっきりしたいわゆるマンガ的な絵ではなく、ハッチングが多用され、グラデーションも細かめにつけられており、温かみを感じる絵だった。

人物の顔の描き方は、似たような作家がいた気がするが思い出せなかったので、誰か教えてほしい。

『LOVE理論』水野敬也

溺れる者は藁をも掴むという。

私はこのような恋愛マニュアル本に付箋を貼りながら読んでいる自分に気付いて、ああ自分は溺れかけているのだと思った。

 

LOVE理論

LOVE理論

 

 

だが読み終えてみたら異常におもしろかった。

なんかここ2年間ぐらいで一番笑った気がする。私の精神がやばいのか、本がやばいのかわからない。

 

内容

恋愛マニュアル的な話にネタを混ぜながらおもしろおかしく書いてある。

マニュアル的な話の方は、「合コンでは女の序列を見抜いて、最高位に位置する女をほめろ」(p.106)とか、なるほどと思う内容もあった。

だが本当にやばかったのはネタの方だ。

 

ネタ

そもそも語りのテンションが異常だ。

本書の一文目から、

「結論から言うと、今からお前をトム・クルーズよりモテる男に育て上げることになる。」(p.4)

で始まる。

 

著者は自身を「水野愛也」と称し、モテない読者である私たちに訓戒を垂れるような立場で書かれている。

だが偉そうに書いてあるかというとそうではなく、ところどころに自虐的な話を交えながら、うまく読者に反感を抱かせないようにしている。

お前たちは、女に酒を飲ませる方法に関しては、完全に勉強不足だ。酒のことが何も分かっとらん。ただ、俺は違うぞ。俺は早い段階からこの事実に着目し、こと酒に関しては研究に研究を重ね、業界でも屈指の「飲ませ上手」と呼ばれるまでになった。今では恋愛のほとんどを酒の力に頼っている。(p.43)


その後も、内容がネタにまみれすぎていて、自分が何を読んでいるのかわからなくなる。

「女性が”優しい”と思う男性の行動」が4ページにわたって箇条書きにされていたり、合コンでの役割が見開きで表にまとめてあったりする。

 

また、言葉遣いも巧みだ。

セックスの鉄則 その二 憑依せよ(p.179)

とか。一体これは何の本なんだ。


しかも最後に著者の感動話めいたものが書いてあって、ポエムで終わる。

 

すごい。