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『高い城の男』フィリップ・K・ディック

「われわれはみんな虫けらだ。なにか恐ろしいもの、それとも神々しいものに向かってうごめいている虫けらだ。そう思わんかね?」(p.163)

 

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

 

 
いわゆる歴史改変SFで、第二次世界大戦ナチス・ドイツと大日本帝国が勝利した後の世界を、日本政府の高官や敗戦国民であるアメリカ商人など、様々な登場人物の視点から描いた作品。


今まで読んだディックの長編の中では、一番読みやすかった。

 

読みやすかった理由は、物語の構造に関係があると思う。

 

既読のディック作品(『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』『ユービック』『流れよわが涙、と警官は言った』)は、どれも「自分の認識している現実は本当の「現実」ではないのではないか」という「現実性の揺らぎ」がテーマになっていた。

 

『ユービック』『流れよわが涙』(略)では、どちらも薬や超能力の影響によって世界そのものが変わっていくし、『アンドロイド』(略)では、世界の観測者である「私」の立場が、「人間⇔アンドロイド」と揺れ動くことで、世界の見え方が変わっていった。
そのように作中の現実が変化するために、読んでいると脳みそがひっくり返されるような感覚がある一方、舞台の足場が安定せず、どろどろの夢の中を進んでいくような印象があった。

 

それらの作品に対して、本作の『高い城の男』では、ドイツと日本が戦勝国であるという「現実」と「虚構」(作中に出てくる、ドイツと日本が敗けていた世界を舞台にしたフィクション小説)の対立形式はあるものの、それらの立場が入れ替わることはなく、あくまで作中での「現実」はドイツと日本が戦勝国である世界だった。この舞台の安定が、読みやすさにつながっていたのだと思う。

 

安定している分、舞台がいつも以上に緻密に作りこまれている印象を受けた。混乱したドイツの統治体制や日本人が持ち込んだ易経の流行など。また、敗戦国民であるアメリカ人の心境が細かく描かれていたことにも感動した。

 

一番好きな場面は、アメリカ人の商人であるチルダンが、日本人の顧客に相対して、民族的な誇りを取り戻す場面だ。チルダンは今まで過去のアメリカ文化を象徴する品物を日本人相手に売ってきたが、アメリカ人の作った現代的な工芸品をきっかけに、自身の人生をその工芸品を通してアメリカ人の芸術・誇りを伝えていくことに使うことを決心する。

 

一方で、日本政府の田上は、自分の人生の目的を見いだせない。冒頭に引用した台詞のように、彼は大きな社会の流れの中で、やるべきことを見いだせないでいるように感じた。その対比が良かった。

 

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